Vol.5|なぜ私は、このプロジェクトをファッションの文脈で語れなくなったのか

私は長年、ファッションの世界で仕事をしてきました。そのため、このプロジェクトを始めたときも、ごく自然にファッションの文脈の中で考えていました。伝統工芸を使った服をつくる。最初はそういう認識でした。ところが、プロジェクトを進める中で、少しずつ違和感を覚えるようになりました。 その違和感の正体が、最近ようやく見えてきました。 ファッションの世界では、「何が新しいのか」が問われます。新しいデザインなのか。新しい素材なのか。新しいシルエットなのか。つまり、価値は「何をつくったか」に置かれます。 一方で、私がこのプロジェクトを通して考えていたのは、「新しさはどこにあるのか」「なぜそれが新しいのか」ということでした。 西陣織も博多織も友禅も漆も水引も、技術そのものは何百年も前から存在しています。 決して新しいものではありません。 では、新しさはどこにあるのか。 それは、それらを結びつける関係性です。 工芸と工芸。 伝統と現代。 日本と世界。 技術と物語。 これまで別々に存在していたもの同士を結び、違う文脈に置くことで、新しい意味が生まれる。 私が面白いと感じていたのは、まさにそこでした。 そして、その「なぜ」の奥には、二つの思いがあるように感じています。 一つは、 まだ見たことのない景色を見たい ということ。 伝統工芸を単なる素材として使うのではなく、それぞれが本来の役割や文化的背景から一旦離れ、 再編集したとき、どんな世界が立ち上がるのか。 私はその景色を見てみたいのです。 もう一つは、 職人に継続的に仕事が入る仕組みをつくりたい ということです。 伝統工芸の世界では、多くの職人が高い技術を持ちながらも、 仕事の継続や後継者の問題を抱えています。 私は工芸を「守る」だけではなく、 現代社会の中で新しい価値を生み出しながら循環する仕組みをつくりたいのです。 そう考えたとき、 このプロジェクトはファッションというよりも、 文化を編集する行為に近いと感じました。 新しい服をつくることが目的なのではありません。 文化と文化の間に新しい関係性を見出し、新しい意味を生み出すこと。 そして、その意味を未来へ手渡していくこと。 そんなとき、ある海外の美術館のキュレーターの方から、 プロジェクトのこうした思想にについて「とてもクールだ」という言葉をいただく機会がありました。 もちろん、その一言ですべてが証明されるわけではありません。 けれど、自分が感じていた違和感は間違っていなかったのかもしれない。 そう思えた出来事でした。 今は、このプロジェクトをファッションブランドとしてではなく、 「文化を再編集し、未来へつなぐための試み」として捉えています。

Vol.2|文化は、構造を変える力を持っている

物事を変えていくのは文化だと思う。私は文化の信奉者よ。 I think the only thing that could change anything at all is culture.I believe in culture. ー Vivienne Westwood  この言葉に触れたとき、強く共感しました。 制度や技術、市場の仕組みは、確かに社会を動かします。しかし、それらの前提となる価値観そのものを変えていくのは、文化です。 人が何を美しいと感じるか。何に価値を見出すか。何を次の世代へ残したいと思うか。 その判断の基盤にあるのは、文化です。 伝統工芸もまた、単なる技術ではなく、文化の中で育まれてきました。長い時間の中で磨かれた素材の扱い方、色彩感覚、構造、余白。そこには、その土地の自然や歴史、人々の感性が織り込まれています。 そうした伝統と呼ばれる文化は、守るだけでは、やがて失われていきます。 現在の生活や価値観と接続されることで、文化は生きたものとして存在し続ける。 ファッションは、その接続を可能にする媒介の一つです。 ファッションは単なる衣服ではなく、時代の感覚や価値観を可視化する文化でもあります。 素材、形、色、物語。それらを通して、美意識は現在の文脈の中で新たな意味を持つ。 文化は、文化によって更新されていきます。 伝統工芸の美意識もまた、新たな文化と接続されることで、現在の社会の中で機能し続ける。 その接続の中に、多様な継承の萌芽があると考えています。 私は、文化の持つその力を信じています。 関連記事:なぜ、伝統工芸にファッションが有効なのか

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